礼拝
友納靖史
常盤台バプテスト教会 2026.6.7 主日礼拝 ヨハネ福音書講解㊷「喜びの実を結ぶ秘訣」友納靖史牧師【ヨハネによる福音書 15章1~17節】(新共同訳 新約P.198~199)
- 音声メッセージ
礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。- 礼拝プログラム
- 前奏
招詞 詩編 54篇3~6節 司式者
祈祷 司式者
賛美 新生55番「父の神よ 夜明けの朝」
主の祈り
献金感謝
主の晩餐式 「ひとつの聖霊」
聖書 ヨハネによる福音書 15章1~17節
宣教 ヨハネ福音書講解㊷「喜びの実を結ぶ秘訣」 友納靖史牧師
祈祷
賛美 新生514番「めぐみの主は」
頌栄 新生671番「ものみなたたえよ(A)」
祝祷
後奏 - 宣教概要
- 「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ(ヨハ15:5)」を愛唱聖句とする方が多くいます。主イエスと出会い共に歩むことで、人生の恐れや不安が取り除かれる経験を私たちは体験するからです。主がここで言われた結ぶ豊かな実とは何かが11節で具体的に示されます。「これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるため」と。この‟喜び”は一時的で消え去るものでなく、‟いつまでも残り(とどまり)続ける喜び”です。本来、私たちが主を信じる時、ぶどうの木の枝のように大きな幹なる主から栄養を得て豊かな実を結ぶ者となります。しかし時に思い煩いや罪が、枝は伸び放題(ホセア10:1)で、‟喜びの実”でなく“酸っぱい実”(イザ5:1-4)が実る時、農夫である父なる神が手入れをされ取り除かれます(ヨハ15:2,6)。こうして神のぶどう畑は良き収穫がされ、その実を多くの人々と喜び分かち合える<伝道>のです。正に主は後に形づくられていく教会の姿を主が思い描いておられたものです。
そこでヨハネ文書は‟喜びの実”を結ぶ秘訣をこの福音書と共に、後に聖霊を通して真理を弟子達に手紙の中で開示します。興味深いのは主が語られた「つながる」「とどまる」「残る」は全て同じ言葉(ギリシア語:Menoメノー:abide/remain)が使われていることです。つまり‟主イエスが私たちの内に宿る”時、喜びが湧き溢れ続けると繰り返し語られ、パウロは後にそれを「霊の結ぶ実は、愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です(ガラ5:22)」と告白しました。では主なる神(父・子・聖霊)が私たちの内に宿り、喜びや聖霊の実を結ぶためにどうしたら良いのでしょう。
一つは「主の晩餐を受ける」ことです。「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる(6:56)」。主は「わたしは<永遠の>命のパンである」と言われ、最後の晩餐でこの主の命令に従い続けることが大切だと教えられたのです。
二つ目は「み言(葉)を受ける」ことです。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である (8:31,32)」。ヨハネの手紙では「初めから聞いたこと<神のみ言>が、あなたがたのうちに、とどまるようにしなさい。初めから聞いたことが、あなたがたのうちにとどまっておれば、あなたがたも御子と父とのうちに、とどまる(一2:24口語)」と主の言葉を後押しします。放送中のNHK朝ドラに登場する看護学校長(矢嶋梶子)は学生に細かい規則を一切与えず、こう指導しました。「あなたがたには聖書があります。だから自分で自分を治めなさい」と。
第三は「聖霊を受ける」ことです。「あなたがたはこの霊<(聖霊・真理の霊・別の弁護者>を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいる(14:17)」。これもヨハネ文書はこう援護射撃します。「いつもあなたがたの内には、御子から注がれた油がありますから、だれからも教えを受ける必要がありません。この油が万事について教えます。…だから、教えられたとおり、御子の内にとどまりなさい(一2:27)」。聖霊を受けるとは、イエスを主と告白することに始まり(コリ一12:3)、更に一人一人に異なる賜物を与え、主と隣人に仕える喜びの実を結ばせてくださるのです。
最後は「永遠に神の許にとどまる」ことです。最上の喜びとは、永遠に失われない真理、天の御国に住まう(とどまる)ことです。「独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得る(ヨハ3:16)」との主イエスの約束の実をこの地上で、そして来るべき日に共に味わえる幸いを心より感謝致します。主の元に留まり、喜びの実を結ばせて頂きましょう。